ここ福岡に明治時代から変わらず、商人に寄り添い続けている組織があることを知っているだろうか。
2024年に刷新される一万円札の肖像にもなった、渋沢栄一。
彼が東京の初代会頭を務め、その後全国各地に設立したとされる商工会議所がそれだ。
よく勘違いされることではあるが、商工会議所は純然たる国の公的機関ではない。明治時代に結ばれた諸外国との不平等条約に対して意見することを目的に発足された、商人のための経済団体なのだ。以降は時代の求めに応じながら、形を変えつつ、現状の姿に落ち着いている。
簿記検定などを実施している機関であるため、名前だけは知っていたものの、その実態はと聞かれると、なんとも返答し難い。そこで今回は福岡商工会議所にお邪魔して、役割から仕事内容まで詳しく話を聞いてみることにした。
少し長くなるが、最後までお付き合いいただきたい。
福岡にある隠れた名店のうまいものだけを集めた「博多うまかもん市」に潜入させてもらった。
3月某日。訪れた場所は、天神地区にある某百貨店。
実はこのイベントの企画・主催をしているのも、福岡商工会議所なのだ。
こんなにもたくさんの「うまいもの」をどうやって発掘してくるのだろうか。
お話を伺ったのは、佛淵(ホトケブチ)さん、29歳。
地元企業の経営上のお悩みを解決する『支援事業』を行なう経営相談部のメンバーだ。
このように商工会議所の指導員は、定期的に企業やお店を回り、各々の課題に応じたソリューションを提案している。もちろん、お客様が直接事務所に相談にくるケースもある。
今年の4月に特に多かったのが、創業の相談ですね。
どんな補助金が使えるのか。融資は受けられるのか。そのためにはどんな資料が必要なのか。
お悩みに対して、提案や支援を行い、創業後にも経営上のアドバイスといった、フォローを継続しています。
私が相談を承った中には、メニューや内装についてはこだわりがあるものの、レジや会計のことは全く考えていなかったという方もいらっしゃいました。
そこでタブレットを使った無料のレジシステム(アプリ)や、効率的なオペレーションなど、バックオフィス業務についてアドバイスをします。
経営指導員としての業務は、多岐にわたる。経営状況の分析、事業計画の策定・・・相談に応えたからといって、はいそこで終わりというわけにはいかない。長い期間をかけてモニタリングを行った上で、その時々の法律や潮流などを鑑みた新しい策を提案し続けるのだ。
例えば補助金といっても、いくつもあり、1つの補助金の資料がA4サイズで約80ページ。
また、毎年、微妙に内容が変わっていたりする。僕たちは見慣れているので、ポイントを押さえて把握することができますが、一般の方は資料を読むだけで精一杯。
併せて事業計画書や申請書類を作成する必要もあります。
企業のHP作成にも活用できる補助金があり、昨年は企業さんとWeb製作会社をつなぐことが多かったですね。
申請書類などは、僕も一緒になって作成しました。
Web戦略やSEO対策など助言することもあるので、やること、覚えることが盛りだくさんです。
常に思考をアップデートさせなくてはならないから大変だと言いつつも、顔には笑みが浮かぶ。「お客様からのありがとうが嬉しいんですよ。」と、地域貢献の喜びを噛み締めているところなのだそう。
どうやら地域貢献は、商工会議所が目指しているところの1つであるようだ。
しかし、次に話を伺った産業振興グループの高島(タカシマ)さんは、朗らかにこう言った。
「面白そうが先。入所前は地域貢献なんて、まったく意識していなかった。」と。
彼が商工会議所を就職先に選んだ理由はというと、好奇心。
「色々なことが経験できて、面白そう」と思ったからだった。
大学3年生のとき、ファッションウィーク(※現在のファッションマンス)というイベントにアルバイトで参加して、主催団体である商工会議所を知りました。
地域振興イベント、観光、経営支援。様々なことに挑戦できるってことは、自分が成長できるってことだと思ったのが、応募のきっかけです。
実際に入所してみて、思った通り!いや、想像以上の業務の幅に驚いたという。
「まだ経験の浅い僕ですが、業種や規模、役職に関係なく、いろいろな方とお会いできます。それって多くの企業では、なかなかないことですよね。勉強になりますし、貴重な経験をさせてもらっていると思います。」とニヤリ。やりたいことがたくさんある欲張りさんには、うってつけの職場だと分析してくれた。
ちなみに彼は現在、中小企業の海外展開の支援及び、地域に影響を与える商品やサービスの開発・事業化支援を推進するイノベーション事業を担ってる。
日常的にやっている業務といえば、海外展開の支援が多いですね。
例えば、海外に机を輸出したいという相談を受けた場合、机の原産地証明書を発行します。
他には海外との取引に必要となる資料を整理して、準備いただくようにアドバイスをする。
忙しい仕事の合間をぬって、相談にお見えになる方が多いので、時間的にギリギリの戦いをしています。
「明朝、中国への船がでるけど、書類がまだ準備できてなくて」と、相談に来るケースも少なくない。船は1、2日で着くはずだ。到着予定日と商品を港に保管してもらえる期間を調べたら、急いで書類を整えて、国際郵便で発送。商売に影響がでないように、迅速に対応する。
「無事に手続きが完了した時はホッとしますし、お客様からありがとう!と言われると、やっぱり嬉しいんですよね。」と、彼は少し照れくさそうに笑った。
ところで、みなさんは「ワンストップ海外展開相談窓口」をご存知だろうか。
海外進出・販路開拓・貿易事務・人材育成まで海外展開を希望する九州の企業のあらゆる課題について、ワンストップでお応えする窓口で、福岡商工会議所・中小企業基盤整備機構・ジェトロ(日本貿易振興機構)福岡・福岡アジアビジネスセンター・公益社団法人福岡貿易会の5団体で構成されている。
相談窓口を一つにまとめることで、手続きの内容によって機関をあちこち移動する手間が省ける画期的な仕組みだ。
しかも全体を把握した上で、輸出のための資料準備は商工会議所、販路拡大についてはジェトロと、各機関が連携を取りながら、最適な手法を包括的に提案できるのだから、なんとも効率的。そして、それら案件の取りまとめを行うのが福岡商工会議所なのである。
各企業や機関のHUBとなり、福岡の商業を発展させる。
時代を先読みしたサービスを考え、仕組み化する。
商工会議所の福岡経済における存在感と信頼感たるや、言うに及ばない。明白である。
「そんな機関に所属する以上は、プロフェッショナルとして周囲に求められる人間になりたい。」
高島さんは、そんな目標を掲げている。
続いて取材をしたのは、地域振興部の伊集院(イジュウイン)さん。
「企業を元気にするってことは、地域を元気にするってことだと思うんです」と、瞳をきらきら輝かせる入所3年目の若手だ。彼女が担当するのは、「博多どんたく港まつり」と観光業務。訪問した4月は、5月に開催される「どんたく」の準備で一年を通して一番忙しい時期だった。
どんたくは全国から観光客が詰めかける、日本最大級のお祭りです。
参加団体は約780団体、参加人数は3万6000人、観光客は約200万人。参加される方々やパレードの沿道にある企業さんの協力なくしては成立しません。
繁忙期らしく、デスクの上は大量の書類が積まれていた。
「いつもはこんなに乱れていませんよ。ちょうど今、お客様に式典の案内を送ってるところで・・・一気に800〜900通も送付するから、こんな感じになっちゃうんです!」と、恥ずかしそうに顔の前で手を大きくブンブン。
当日も福岡親善大使の警護や沿道道警備、スケジュールの確認などやることが膨大だという。
わずか3日のために、半年以上もかけて準備を行うのだから、ミスは許されない。自然と力も入るというものだ。
ではどんたく以外の時期は何をしているかというと、地域振興のための観光関連分野に従事している。
1月には観光商談会を行います。バイヤーである旅行会社と、セラーである地元の企業に参加いただき、マッチングを行うことが目的です。
9月に行われる日本最大級のイベント、「ツーリズムエキスポジャパン」に参加し、名刺交換した企業に後日連絡をして、商談会への参画をご提案します。覚えてくれてない方もいらっしゃるし、最初は電話をかけるが嫌だったんです。
特に外国企業のバイヤーに電話をかけるときは、プレッシャーだった。なにしろ、向こうは英語だ。苦手意識は、日本語で話せば日本語で対応してくれるということに気がつくまで続いた。
海外のバイヤーさんには15社電話しました。うち8社が参加。セラーとしての参加企業も45社から54社にUP。驚いたことに、約7割が新しい顔ぶれ企業となりました。商談会の中日に交流会を企画したのですが、一部のセラーの方から「こういう機会を設けてくれて、ありがとう」と言われて・・・お手伝いできたかな、と思うと嬉しかったです。
一般的に地場の中小企業が、大手旅行会社と一緒になって事業を行うケースは多くない。
そこで登場するのが、商工会議所だ。
先日、商談会に参加いただいたバイヤー4社と韓国人ブロガー3名をツアーの下見に招待しました。
目的は朝倉の復興状況を知ってもらうこと。加えて、ハンカチの藍染体験や伝統工芸の見学など、知られていない地方の観光地の魅力をお伝えすることでした。
商談会などの場合は、1社対1社になりがちですから、私たちが間に立つことで、複数の企業を一気につなげることができる。
そして、観光によって地域の企業が潤い、福岡経済が豊かになる。
「私の仕事は、地域を盛り上げることなんです!」と、最大級の笑顔が輝いた。
最後に、福岡商工会議所に勤めて14年の小ベテランである、総務部の樵田(コガタ)さんに話を伺った。
商工会議所は、商工会議所法にもとづいて設立されている組織です。
僕たちは公務員でも、利益を専らとする企業でもありません。
官でも民でもなく。その中間にあって公益の実現を担っているのが、僕たちのポジションです。
商工会議所の運営は会員企業の会費、自社ビルのテナント料や保険商品の売り上げ、会費、簿記などの資格の検定代、イベントなどの事業収入、国・行政からの補助金などで賄っている。行政と民間のちょうど間。どちらにも依存しない形を取っているのだ。
だからこそ、地域の声を吸い上げて、行政にかけあうことができる。
国や行政と協力して、一般企業だけでは実現しない、イベントや試みにチャレンジできる。
利権が絡まないから、よいと思った企業同士をつなげることができる。
ただひたすらに「地域経済の発展」にコミットできるんです。
あえて中間のポジンションをとることは、福岡商工会議所の強みでもあるというわけだ。
でも失敗だってあります。
数年前に僕が中心となってとあるプロジェクトを進めたのですが、当初思い描いていたような成果を上げられませんでした。
しかし課題に向かって何かをしなくては、解決に近づくことなんてできません。
経験は次に生かそうと決めました。地域や企業を取り巻く環境はどんどん変わります。
そんな中、求められ続け、140年。発足当初とは少しずつ事業形態を変えてはいますが、理念は変わっていない。
地域のためになることするだけなのです。
「とはいえボランティアではないので、うちも含めて関わる企業・団体が互いにWin-Winの関係になるように、常に意識して行動していますよ」と、真剣な眼差しで付け加えてくれた。
<ライターの感想>
2019年5月1日。ついに元号が変わった。新しい時代の幕開けだ。
果たして令和はどういう時代になるのだろうか。
この十数年の間で、我々を取り巻く環境はめまぐるしく変化してきた。
特にインターネットが普及して以降、ビジネスシーンは大きく変わったように思うし、きっとこれからも凄まじい速度で変貌し続けることは間違いない。
しかし、それでも、たとえどんな時代が到来したとしても、
商工会議所の存在意義は、変わらない。変えてはならない。
『地域の商人とともに。』
脈々と受け継がれてきたこの思いに共感できる方にだけ、
私たちの住む福岡の経済をお任せしたい。
そう思わずにはいられない取材であった。
マラソン同好会、野球部、e-Sports部など部活動も盛んです。
昭和18年に描かれた都市構想。ずっと福岡の街に寄り添ってきました。
自社ビルの地下にある食堂街には、老舗のお店も並びます。
会社情報
会社・団体名 | 福岡商工会議所 |
---|---|
事業内容 | 福岡市内の企業を中心に約18,600社の会員企業を基盤とする地域最大の総合経済団体です。 |
資本金 | なし |
代表者 | 会頭 谷川 浩道 |
従業員数 | 126名(2022年4月1日現在) |
連絡先
住所 | 〒 812-8505 福岡市博多区博多駅前2-9-28 |
---|---|
電話番号 | 092-441-1110 |
ウェブサイトURL | https://www.fukunet.or.jp |
参加しているのはすべて、福岡の企業・お店です。
販路拡大を目指す企業さんの一部を招待しています。
以前、僕の担当エリアの事業者さんにご挨拶に伺って、経営で困っていることはないかと尋ねたところ
「売り上げを拡大したいけど、方法がわからない。」
と言われたので、一旦持ち帰って先輩に相談することに。
お土産にチョコレートのかかったクロワッサンを買って帰ったのですが、食べてみたら本当に美味しくて!
百貨店のバイヤーさんに紹介したところ、とんとん拍子に話が進み、今回初出展となりました。
更に、僕の知らないところで、百貨店さんが主催する別のイベントにも参画されるなど、着実に認知度を高められているようです。